おはようチョイ南無

#フィクションです。


1968年4月ワカァヤマ省ハシンモト地区
米国第25師団第35歩兵連隊第2大隊はこの地区の捕捉撃滅作戦に投入されていた。
私の所属する小隊は損耗した先行部隊と交代するため後方から前線基地「バ、トラン」へ移動し待機中であった。
前線基地へ着いたが既に他の部隊が展開し宿舎が空いていなかった為、基地の一角に宿営地を設営することになった。



夕刻。糧食班から温食を支給された。支給されるものは大したものではないが、食べ飽きたMCIレーション(Cレーションとも呼ばれていた)を支給されるよりは100倍マシだった。この日のメニューはハンバーグ・(スープみたいな)デミグラスシチュー・マッシュポテト・ピクルス・パンだった。おまけで伍長(手癖が悪い)がどこからか「拾って」来たバドも加わってナンバーワンの夕食になった。
食事前に祈りをささげる兵士たち。彼等は何を思っていたのだろうか。


「さあ張った!」非番の兵たちがダイスゲームに興じていた。
「ヒャッハー!!今日はツイてるぜ次のR&Rは豪遊できるぜ!」
「・・・(やべーよ、やべーよ・・・すっからかんだよ)」



翌朝。「あー寒い・・・(昨晩は何とか取り返せて助かったぜ)」(東南アジアと言えど高山地帯は気温が低く冬季(乾季)に当たる12~4月は15℃前後まで下がる為、フィールドジャケットや毛布等の防寒用具の支給もされた)
朝食のメニューはシリアル・ハムステーキ・ピクルス・バナナだった。(シリアルが発明されたのは19世紀末頃で大戦中の米軍でも食べらていた。袋から出してそのまま食べられるシリアルは配給する側としてはとても便利だったと思う)
一方先に食事を済ませていた伍長は作戦行動前に形だけでも文化的な生活を保とうとレーションの空き缶でクリームを溶いて髭剃りをしていた。

…前回までは、画像を頼りに私が文を書いておりましたが、今回から文章付きです。
次回、戦闘シーンのレポートが送られてくるようです。チョイ南無良いですね〜

では、ゴールデンウイーク楽しんでいきましょう!


お問い合わせ、ご予約は当フィールドホームページまで。

http://www.camp-ohara.com/

定例会予定掲載↑
ご予約受付中

twitterはこちら↓
http://twitter.com/camp_ohara


Facebookで参加したゲームの写真をチェック!↓new
https://m.facebook.com/pages/Camp-Ohara/681365888658195?sk=timeline
フォローよろしくお願いします!

http://newcampohara.militaryblog.jp/e753598.htmlhara.com/





2017年05月02日 Posted by CAMP大原ミリブロ担当  at 15:43 │Comments(0)

<ご注意>
書き込まれた内容は公開され、ブログの持ち主だけが削除できます。

< 2018年12月 >
S M T W T F S
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31          
カテゴリ

QRコード
QRCODE
アクセスカウンタ
読者登録
メールアドレスを入力して登録する事で、このブログの新着エントリーをメールでお届けいたします。解除は→こちら
現在の読者数 3人
プロフィール
CAMP大原ミリブロ担当
CAMP大原ミリブロ担当
http://www.camp-ohara.com